「もういなくなりたい」「わかる」

何をやってもなぜか最後は叱られる。それどころか人間性を否定される。

周りの人は、仕方ないよというだけで味方をしてくれるわけでもない。
もう自分に自信がない。こんなはずじゃなかったのに。でももうこの場から、この世からいなくなりたい。

・・なんてこと、私もありました。

もう周りが見えなくなって、周りが信用できなくなって、
居場所がなくて、どうにもできなくて、
責任に押しつぶされそうになって、
死んでしまいたいと思うほどになって。

辛かったです。涙も流しました。
普段吸わないタバコも吸いました。
大きな道路に飛び込もうとも考えました。

でも、少しの勇気で解放されました。
逃げ出す勇気でした。

自分がやることをあきらめませんか?逃げませんか?

いま苦しい思いをしている人は「逃げることは悪いこと」と周りから教えられ続けてきんじゃないでしょうか?

でも本当に死ぬようなことを選ぼうとするなら、「逃げる」ことを選ぶのもありだと勧めます。
「逃げる」だと聞こえが悪いので「自分でやることをあきらめる」と言い換えるとどうでしょうか?

おそらく今回は受け持った仕事と、叱る人と、自分の組み合わせが悪かったんだと思います。
仕事は、人と人で仕事するものなので、知識と技術だけではできるものでなく、努力だけでは解決しないことがあります。
今までは、癖はあっても良い人たちと出会っていて、互いが尊厳を持って、気づかぬフォローをしてもらって運よく仕事ができていたんだと思います。

正直、そこまで追い詰められて、今していることは、今の自分一人の力では、どうあがいてもできないと思います。
そのままだと、フォローも期待できません。

万が一、できたと思っても、俯瞰してモノを観ることができず、場当たりな結果になって、自己満足で終わると思います。
しかも、中途半端に仕事をやっている以上、仕事をやってもやらなくても迷惑をかけるんです。

だったら、自分のことを自分で責任を負えるようなすごい人間と思わないことです。

人を追い詰めるほど叱ることのできる優秀(?)な人に自分がやる仕事を任せるべきと思います。

だから、自分がやることをあきらめませんか?

いなくなるくらいなら、逃げ出し(=自分がやることをあきらめる)て自分を見つめなおす機会を作ってもいいのではと思います。

そして、そのあとで、同じことを繰り返さないように自分を見つめなおしてみませんか?

時が経って、そんなこともあったな。なんであそこまでひとりで抱えて、思い詰める必要があったんだろうな。なんて思う日がかならず来ますよ。

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